【特別公開】
南アフリカ初の日本人醸造家、Cage Wineワインメーカー佐藤圭史氏インタビュー

2021年4月から6月まで期間限定「イルドコリンヌ」シェフ/店長としてお店を支えてくれた佐藤圭史氏。「え、圭史さんって、Cage Wineのワインメーカーじゃないの?料理もできるの?」と思われた方も多いのでは。そうなんです、多彩なのです。毎年3ヶ月を南アフリカでワイン造りに当て、同時にソムリエ、コンサルティング、通訳、翻訳、南アワインのPR等、まさに八面六臂の活躍をみせる圭史さんにじっくりお話を伺いました。

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オレゴンワインに没頭した20〜30代

ー異色の経歴をお持ちの圭史さん。ワインに興味を持ったきっかけを教えてください。

 

 スポーツトレーナーを目指して留学したオレゴンで、現地のワインを飲みまくったのが最初のきっかけです。僕がいた90年代は、5ドル/ワイナリーで試飲できて、それも並々注いでくれたんです。平日は必死に勉強し、週末は酔っ払いにワイナリー巡りをしていました(笑)

 当時は品種も何もわからず飲んでいたんですが、帰国後日本でワインを飲んでも、ほとんどが美味しいと思えなくて。そこではじめて「オレゴンワインって何なんだ!」と調べ始めました。そのときは別の業界で働いていたのですが、食事やワインに詳しい人に色々飲ませてもらったこともあり、ワインにはまっていきました。

ーその後、飲食業界へ転職された理由は?

 

 20代後半、あまりに忙しすぎて鬱に近い状態になっちゃったんです。1日睡眠2時間が半年続いたりして。さすがに身の危険を感じ退職しました。そんなとき、お世話になった方に「頑張るのはいいけど食って基本だぜ?」と言われたんです。その方の家で料理をしているときに、「お前のこと5〜6年知ってるけど、料理やってるときのお前、全然雰囲気ちげーよ。 素人だけど作ってる料理も美味いし。 そっちの道、行ってみたら?」と背中を押してもらいました。 

 そこから2年ほどフリーで色々な飲食店で働いて料理の勉強をし、調理師の資格を取りました。居酒屋から割烹、フレンチ、イタリアン……マックスで4つ掛け持ちしてがむしゃらに働きました。週1度の休みも、「美味しい」と評判のお店に食べに、勉強しに行ってましたね。


ーそして2009年に渋谷にオレゴンワイン専門店「Soyokaze」をオープン。4年連続オレゴンワイン協会主催バイ・ザ・グラス・キャンペーン最優秀店に輝くなど、オレゴンワインを普及されていましたよね。どうして閉店されたんですか?

 10年後は見えるけど、60歳の自分が想像できなくて。この先ずっと日本で飲食業をやるのが自分にとっていいのか迷っていました。「ワインを造ってみたい」という気持ちが芽生えたのは2012年に褒賞旅行でオレゴンに行ったとき。クリストム・ヴィンヤーズのオーナーのスティーヴに「ケージ、畑似合ってるな」と言われたんです。その旅行で一緒だった日本のソムリエにも、僕の背景を何も知らないのに「確かに!将来こんなことやってたりして」と言われたのが、ずっと頭に残っていて。その気持ちが強くなったのが2016年でした。

Let's go
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オレゴンワイン協会主催バイ・ザ・グラス・キャンペーンでは4年連続最優秀店に輝いた

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閉店時に常連客からもらったポラロイド寄せ書き

押しかけ女房ばりの行動力で掴み取った南アでのワイン造り

ー2016年秋には世界各地のワイン産地を巡る旅に出られていますね。

 

 いきなりワインを造れるとは思っていなかったので、まずは産地を廻って畑を見に行きたかったんです。飲食店って休みも少なく、なかなか外に出る機会ってないじゃないですか。トルコから入って、ギリシャ、スイス、イタリア、フランス、スペイン、イギリスと1ヶ月強で廻りました。一人でレンタカー借りて行きたいとこ行って、めちゃめちゃ楽しかったっす! 

ートルコとはシブいところから入りましたね!南アに行った理由は?

 

 2016年春に南アから来日していたCraven Wines(クラヴァン・ワインズ)のワインを飲んだとき、本当に頭ぶん殴られたみたいな衝撃を受けたんです。 恋しくて恋しくてどんどん飲みたくなるような……ちゃんと主張しているんだけど、ブドウを飲んでいるピュアさが、90年代のオレゴンのピノグリに似ていると思いました。「これは行くしかねえな」と。 

 

 でチケットを取るときに、試しに「ちなみに南アまで行ったらいくらになります?」と聞いたら、なんと178,000円!ヨーロッパ往復とほぼ変わらなくて。「え?嘘でしょ行く行く! 」と即決でした。

 南アには10日ほど滞在し、西ケープ州のほとんどの地域に行きました。

ーそこで今の師匠のアディ・バーデンホストさん(A.A.Badenhosrt 当主)に「ここでワイン造れよ」と言われたんですよね。

 

 ゆるくアポを取ってワイナリーに行ったらアディがいなかったので、アシスタントの子とコーヒー飲みながらくっちゃべって、樽に自分の名前書いたりして盛り上がってたんです。「アジア人が樽に何書いてんだよ」と、背後から冷やかす声がすると思ったらアディでした。

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のちに師匠となるA.A.Badenhosrt 当主アディ・バーデンホスト氏と初対面

 その後、外の喫煙所で二人でふ~っと煙を吐き出してまったりしていたら、「え、お前何しに来たの?」(笑)

そこで初めて「いやあ、ワイン造りたいんだよね~」とさらっと口にしたら、「じゃあ造ればいいんじゃん」。

はじめ、南アのどこかでの話だと思って、「そうだね~。南アで造れたら最高……」と言いかけたら、「ちげーよ、コ、コ(my fucking farm Man!!)」と地面を指差して。

 「は???お前何いってんの~~~!??」

 驚きつつこっちも乗っちゃって、「え、まじで?じゃあ収穫来るよ。いつ始まんの?」と聞くと「1/15にいれば大丈夫だよ」だって。で、握手して合意成立。アディは「よろしく!!じゃあな!!」と去って行きました……。

結局、ワイナリーに行ったのにお酒も1滴も飲まず(笑)。

ー(笑)。ちなみに初対面ですよね?

 はい。そこだけ切り取るとだいぶテキトーなおっさんですよね(笑)。合意したものの、帰りの車でやっぱり不安になるじゃないですか。もし本当にワインを造れるんだったら、1年のうち3ヶ月は南アに来ないと行けない。仕事や家族はどうしよう。次の日は全部の予定をキャンセルして丸一日考えました。

 その翌日にアディに電話したら、「本当にやりたいんだったら、明朝6時に喫煙所で待ち合わせよう」。翌日、アディに畑に連れてってもらいました。道中の2時間でいろんなこと語って。 

「俺は金がない。収穫作業をフリーで手伝うからその対価としてブドウをくれ。こういう条件でできるか」と相談すると、「わかった」とアディ。どんどん具体的に話が進んでいきました。

ーそして2017年に1stヴィンテージ、その後も毎年南アに通い、今年ではや5ヴィンテージ目ですね。

 

  はい。1000本、1000本、1700本、2300本と増え、今年は8500~9000本と一気に増産する予定です。今のブランドの「Cage」と、スピンオフしたシリーズを分けて展開予定です。4年目にアディがサプライズでくれたグルナッシュから造ったワイン(生産630本)も年内には日本に入ってくると思います。

スワートランドの畑にて

2017年、初めて自分のブドウ(シュナン・ブラン)を受け取った時の記念に

赤ワインの仕込みで真っ赤なズボン

スワートランドの畑にて

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将来は南ア移住?「やっぱり農家でいたい」

ー「イルドコリンヌ」シェフ/店長になられた時は驚きました。どうしてそんな展開に?

 香奈さんのことは、お互いアメリカワインの仕事をしていたこともあり、以前から知ってはいました。実際に初めて会ったのが2019年。ソムリエの井黒卓くんが南アフリカワイン協会主催「Sommelier Cup」に出場したお疲れ様会の席でした。話してすぐに「この人馬が合うな」と。お店にも行きたいと思っていて、昨年10月にようやく実現しました。

 

 そしたら(次のシェフを探していた)香奈さんが「誰かシェフ知らん?」というので、「俺、俺」と。

「え、あんたソムリエやろ?」「いや、もともとシェフ。割烹やってた」「えーーっ!!でも飯食ったことないから信用できんわ」「信用せえや」……というところから始まりました(笑)

 

 

ーそれも嘘みたいな話ですね。 

 周りにノリの軽い人が多すぎ(笑) そんなこんなで今に至ります。

ーランチも美味しかったです!「アディ家さん家のハンバーグ」など、南アでの経験を活かしたメニューや、ケープマレーカレーもスパイスが効いてて、絶品でした!

 

南アってカレーがメッカのひとつなんですよね。海のスパイスルートがインド、東南アジアからケープタウンにつながっているので、インド人やマレーシア人も多く、スパイスの文化が色濃く残っているんです。
 

ビーフカレー(ケープマレー・スタイル)

アディさん家の手ごねハンバーグ

豚肩ロースの香草パン粉焼き

ビーフカレー(ケープマレー・スタイル)

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ー惜しまれつつ、6月20日でイルドコリンヌを卒業した圭史さん。今後やりたいことや目標を教えてください。

ワインメーカーとしては、自分はやっぱり農家でいたいですね。畑がやりたいです。
2020年、コロナで帰国できず8ヶ月間南アにいた経験から学んだことも大きいです。より人間として濃く師匠や南アの人と接する機会ができて、価値観や人生観が変わりましたし、大切なものが明確になりました。

 

実は師匠が「南アに住めよ」と勧めてくれていて、近い将来南アに移住する計画も進んでいます。といっても家庭のこともあり日本と南ア半年ずつといった形にはなると思います。

ーなんと。とにかく行動力が凄すぎです!

ゴールを決めないと何もできない人間なんです、僕。時間があるとずっと携帯でゲームしちゃったりするんで(笑)。

 

 

最後はちゃんとオチで決めてくれました。お話を伺っていて思ったのは、とにかく世界中どこでもなじめるスーパー順応力と、ポジティブシンキング。そして「やりたい!」と思ったことは即座に実行する並外れた行動力。世界のどこかで日々進化し続ける圭史さんから今後も目が離せません!頑張れケージ!

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【Profile】

佐藤圭史(Sato Keiji)

南アフリカ初の日本人醸造家

南アフリカワイン協会(WOSA) ジャパン・パートナー 

JSA認定ソムリエ

調理師

 

 

1977年生まれ、埼玉県出身。

サッカーに青春を捧げたのち渡米。オレゴン大学卒業後、自動車メーカーやメディア業界に身を置くも、20代後半から飲食の道へ。2009年に渋谷区神泉にオレゴンワイン専門店「Soyokaze」をオープン(2016年閉店)。2016年秋、世界各地のワイン産地を巡る旅で南アフリカも訪問。A.A.Badenhosrt当主であるAdi Badenhorst(アディ・バーデンホスト)氏から「ここでワイン造れよ」と言われ、南アでワインを造ることを決断。2017年にファースト・ヴィンテージを醸造。以降、毎年南アでワインを仕込むなどワインに魅せられ、その素晴らしさを伝えている。また、2019年4月から南アフリカワイン協会(WOSA)ジャパン・パートナーとしてメディア・マーケティング・マネージャーを務めるほか、ワイン関連書籍翻訳、ワインコーディネート、ソムリエ、コンサルティング等と多方面で活躍。